2024年施行されたフリーランス新法に関わる契約書の書き方、また契約に際するトラブル防止についてまとめました。
この記事は、フリーランスに業務を発注する企業担当者、個人事業主として仕事を受けるフリーランス、そして契約書の見直しを進めたい法務・総務担当者に向けた解説記事です。
厚生労働省などの公的情報を踏まえつつ、契約書の必須項目、記載例、チェックリスト、電子契約の注意点までまとめているので、これから整備する人にも、既存契約を見直す人にも役立つ内容となっています。
フリーランス新法と契約書の関係
2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス新法、またはフリーランス・事業者間取引適正化等法)は、立場の弱い個人事業主やフリーランスを不当な取引条件や就業環境の悪化から保護するための法律として誕生しました 。近年の社会経済情勢の変化に伴い、特定の企業組織に属さず単独で事業を営むフリーランスが急増する一方で、発注事業者との間には交渉力の格差が存在していました 。従来の「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」では、資本金基準という形式的な要件が設けられていたため、資本金の小さいベンチャー企業や零細企業からの発注、あるいはフリーランス同士の取引は法的な保護の枠外に置かれるという制度上の空白がありました 。
この空白を埋めるべく制定されたフリーランス新法において、最大のポイントとなるのが契約書の法的な位置づけの変化にあります。当法律は、フリーランスに対して業務委託を行うすべての事業者(資本金がゼロであっても、また発注者自身が従業員を持たないフリーランスであっても該当する)に対し、業務委託を行った直後に、取引条件を書面または電磁的方法によって明示することを義務付けています 。すなわち、従来業界の慣習として横行していた口頭のみによる発注や条件を曖昧にしたままの業務着手は、当法律により、明確な違法行為となりました 。
さらに、当法律については、本年1月1日に施行がされた「中小受託取引適正化法(以下、取適法)」との関係性を理解することが重要となります 。長年にわたり企業間取引を規律してきた下請法は、この取適法へと改組され、単なる名称変更にとどまらず、対象範囲の拡大(従業員数基準の新設や特定運送委託の追加)、手形払いの原則禁止、価格交渉への応諾義務の明確化など、制度の枠組みそのものが見直されました 。フリーランス新法は、企業間取引の規律である取適法と密接に連動しながら、取適法の従業員基準や資本金基準の網の目からこぼれ落ちる「個人(フリーランス)」を保護する役割を担っています 。
したがって、契約書は、行政機関(公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省)による監査や立入検査に耐えうる「法定要件を満たす証拠書類」としての位置づけとなりました 。発注事業者が本法に違反した場合、行政による報告徴収や立入検査が行われ、指導、助言、勧告を経て、最終的には公表措置や、命令に従わない場合の50万円以下の罰金といったペナルティが科されます 。企業や発注者は、フリーランス新法に完全に準拠した契約書のひな型を社内で標準化し、すべての調達プロセスにおいてこの契約書で運用するコンプライアンス体制を構築しなければなりません。
契約書に必須で書くべき項目と記載例(フリーランス向け雛形解説)
フリーランス新法第3条に基づく「取引条件の明示義務」を果たすためには、契約書や発注書に法定された必須項目を漏れなく記載する必要があります。発注事業者がフリーランスに対して業務委託をした直後に明示しなければならない項目は、基本となる8項目と、業務を再委託する場合に追加される3項目の、最大11項目と厳格に定められています 。これらの項目が一つでも欠落している場合、あるいは記載内容が著しく曖昧で実態を伴わない場合は、取引条件の明示義務違反となるため、実務上のひな形作成においては細心の注意が必要です。
以下の表は、フリーランス新法において義務付けられている法定記載項目と、その実務上の解釈、および契約書等における具体的な記載例を体系的に整理したものです。
| 法定記載項目 フリーランス新法 第3条に基づく | 実務上の解釈と法的留意点 | 契約書・発注書における 具体的な記載例 |
| ① 発注事業者およびフリーランスの名称 | 法定の当事者特定要件である。実名や登記された商号に限らず、ビジネスネーム、ニックネーム、屋号、あるいは当事者を一意に識別できる記号や番号等であっても法的に認められる 。 | 発注者:株式会社▲▲ 担当■■ 受注者:●●(屋号またはクリエイター名) |
| ② 業務委託をした日(発注日) | 双方が業務委託の成立について合意した日を正確に記載する。この日付がすべての義務(直ちに明示する義務など)の起算点となるため極めて重要である 。 | 業務委託合意日(発注日):令和●年●月●日 |
| ③ 給付の内容(委託する業務の具体的内容) | フリーランスが提供する成果物や役務の内容を、数量、規格、仕様等のレベルで詳細に特定する。ここが曖昧であると、後日の不当なやり直しや範囲外の追加作業の無償強要の温床となる 。 | 業務内容:オウンドメディア用記事の執筆 (文字数:約3,000字、指定キーワード3点を含む、構成案作成及び画像選定2枚を含む) |
| ④ 給付を受領する期日/役務の提供を受ける期日 | 納品日やサービス提供を実施する日付である。単一の日付だけでなく「令和〇年〇月〇日から令和〇年〇月〇日まで」といった期間の定めや、定期的な納品スケジュールによる指定も可能である 。 | 納品期日:令和●年●月●日 17時必着 |
| ⑤ 給付を受領する場所/役務の提供を受ける場所 | 成果物を物理的に納品する宛先や、役務を提供する現場の所在地を記載する。デジタルデータの場合は、送信先のメールアドレスや指定のクラウドストレージのURLを明記する 。 | 納品場所:発注者指定のクラウドストレージ(URL: https://…)の専用フォルダ内へアップロード |
| ⑥ 検査を完了する期日(※給付の内容について検査をする場合のみ) | 成果物の品質確認(検収)を行う場合、その検査が完了する期日を明示する。無期限の検査を理由とした支払い遅延を防止するための必須項目である 。 | 検査完了期日:納品日より起算して5営業日以内(令和●年●月●日まで) |
| ⑦ 報酬の額および支払期日 | 報酬の金額は税込・税抜の区別を明確にする。単価と数量による算定方法での記載も可能。支払期日は「物品等を受領した日から起算して60日以内」のできる限り短い期間内に設定することが絶対条件である 。 | 報酬額:金●●,●●●円 (消費税別) 支払期日:令和●年●月末日(受領日から60日以内の日付を指定) |
| ⑧報酬の支払方法(※現金以外の方法で支払う場合のみ) | 銀行振込で支払う場合、振込先となる金融機関の口座情報や、振込手数料の負担区分を記載する。事前の合意なく振込手数料をフリーランス側に負担させる行為は「報酬の減額」に該当する恐れがある 。 | 支払方法:受注者が別途指定する銀行口座への振込送金。 ※なお、金融機関への振込手数料は発注者(当社)が負担するものとする。 |
上記8項目に加え、発注事業者が他の事業者から受託した業務をフリーランスに「再委託(いわゆる下請け・孫請け)」する場合、取引構造の透明性を確保し、支払期日の特例を適用するための根拠として、以下の3項目を追加で明示する義務が課されます 。
⑨ 再委託である旨: 当該業務が自己の固有の業務ではなく、第三者からの委託に基づく再委託業務であることを明記する。
⑩ 元委託者の名称: 発注事業者に対して直接業務を委託した元請事業者の名称(識別できるもの)を記載する 。
⑪ 元委託業務の報酬の支払期日: 元委託者から発注事業者に対する報酬の支払期日を記載する。この日付が明確にされることで、再委託の特例として「元委託支払期日から起算して30日以内」という支払期日の設定が適法に認められる場合がある 。
これらの法定項目は単なるフォーマットの穴埋めではなく、各項目がフリーランス新法の他の義務規定(報酬支払義務や不当なやり直しの禁止等)と密接に連動しています。例えば、③の業務内容を詳細に記述することは、第5条の「不当な給付内容の変更・やり直しの禁止」を担保することになります。また、⑥の検査完了期日を適切に設定することは、検査の長期化による実質的な受領拒否や支払遅延を回避することになります。
厚生労働省の契約書ひな形・業務委託契約書テンプレートの使い方
フリーランス新法の特徴は、公正取引委員会、中小企業庁、および厚生労働省という、本来管轄の異なる3つの行政機関が共管している点にあります 。法律の枠組みは大きく二つの柱に分かれており、第3条から第5条にかけて規定される「取引の適正化(支払遅延、不当な減額、買いたたきの防止等)」については主に公正取引委員会と中小企業庁が所管し、第12条から第16条にかけて規定される「就業環境の整備(募集情報の的確表示、ハラスメント対策、育児・介護等との両立支援、中途解除等の事前予告等)」については厚生労働省が所管していま
す 。
この特殊な法体系ゆえに、実務において適法な契約書や業務委託契約書のテンプレートを作成するためには、独占禁止法的な観点(適正な対価と支払条件の確保)と、労働法・雇用均等法的な観点(人権保護と働きやすい環境の整備)の双方の要件を一つの書面に統合しなければなりません。インターネット上に散見される旧来の「業務委託契約書」の無料テンプレートの多くは、単に業務内容、報酬、秘密保持、著作権の帰属などを定めるにとどまっており、厚生労働省が管轄する就業環境の整備に関する条項が欠落しているケースが多く、これらをそのまま使用することは、フリーランス新法における体制整備義務違反を招く恐れがあります。
厚生労働省および公正取引委員会は、特設サイト等を通じて、これらの義務事項を網羅したパンフレットや取引条件の明示事項のサンプルを公開しています 。また、各都道府県労働局の雇用環境関連部署では、業務委託における「ハラスメント対応例・規定例」等の具体的なガイドラインも提供しています 。
企業がこれらの公的テンプレートや規定例を自社の契約書式に組み込む際の具体的な「使い方」と留意点は以下の通りとなります。
第一に、ハラスメント相談窓口の明記と体制の周知です。法第14条は、発注事業者に対してハラスメント(セクハラ、パワハラ、マタハラ等)防止のための体制整備を義務付けていま
す 。これには、ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化、相談窓口の設置、および事後の迅速かつ適切な対応が含まれます 。契約書や発注書の一般条項のなかに、「発注事業者は、特定受託事業者が業務を遂行するにあたり、就業環境を害するような言動を行ってはならない。また、特定受託事業者からの相談に応じるための窓口を以下の通り設置する」という一文を設け、実際の担当部署や連絡先(メールアドレスや電話番号)を具体的に記載することが最も確実なコンプライアンスの証明となります 。相手が法人(中小企業)であっても、コンプライアンス強化の一環として取引先全体に向けた相談窓口の案内を契約書に含めることは推奨されます 。
第二に、中途解除等の事前予告に関する手続きの明文化です。法第16条により、6か月以上の継続的な業務委託契約を途中で解除する場合、あるいは契約期間満了に伴い更新を行わない場合には、原則として「少なくとも30日前まで」にその旨を予告する義務が課されています 。さらに、フリーランス側から契約解除の理由について開示請求があった場合には、第三者の利益を害するおそれがある等の例外事由を除き、遅滞なく理由を開示しなければなりません 。したがって、継続的取引の基本契約書を作成する際には、契約の有効期間および解除条項の中に「30日前までの事前予告義務」と「理由開示のプロセス」をテンプレートとして組み込んでおく必要があります。災害などのやむを得ない事由により予告が困難な場合や、フリーランスの責めに帰すべき事由がある場合等の例外規定についても、契約書内で明確に定義しておくことで、将来の紛争リスクを回避することが出来ます 。
第三に、育児・介護等と業務の両立に対する配慮条項です。これも6か月以上の継続的業務委託において適用される義務であり、フリーランスから妊娠、出産、育児、介護等と業務を両立するための配慮の申出があった場合、発注事業者は就業時間の調整やオンラインミーティングへの切り替え、納期の変更など、必要な配慮を行うことが義務付けられています 。契約書の定型フォーマットに、「乙(フリーランス)から育児・介護等に関する配慮の申出があった場合、甲(発注者)は誠実に協議に応じ、可能な限りの配慮を行うものとする」といった宣言的な条項を盛り込むことで、厚生労働省が求める就業環境の整備義務に対する企業の積極的な姿勢を法的に示すことができます 。
4.トラブルを未然に防ぐ実務チェックリスト
フリーランスとの取引において、口頭での発注や、法的要件を満たさない不備のある契約書での取引開始は、後々の言った・言わないのトラブルに直結するだけでなく、直ちにフリーランス新法違反として行政指導の対象となります 。適法かつ安全な取引を構築し、将来の紛争や行政罰のリスクを未然に防ぐためには、法令が要求する義務事項と禁止事項を、業務委託の継続期間に応じて体系的にチェックする実務的な仕組みが不可欠です。
以下の表は、発注事業者が遵守すべき法的義務と、絶対に行ってはならない禁止行為を、業務委託の期間ごとに整理した実務のチェックリストです 。契約手続きに入る前、および日常の取引管理において、自社の運用プロセスが以下のすべての基準を満たしているかを定期的に監査することが求められます。
| 法的適用の条件 | 遵守すべき義務および禁止事項 (実務チェックリスト) | 法的根拠とリスク対策のポイント |
| すべての業務委託 (期間の長短を問わず、単発の取引にも適用) | ① 取引条件の明示義務(8項目+再委託時3項目)を、書面または電磁的方法で「直ちに」行っているか 。 ② 報酬支払期日を、「給付を受領した日」から起算して60日以内のできる限り短い期間内に設定しているか 。 ③ 募集情報の的確表示義務を遵守し、広告やSNS募集で虚偽や誤解を与える条件を提示していないか 。 ④ ハラスメント対策に係る体制整備(方針の明確化、相談窓口の設置、迅速な事後対応)を行っているか 。 | 口頭発注を業務フローから完全に排除する。支払サイトに関して「月末締め・翌々月末払い」等の社内規程は、受領日から60日を超過する違法状態となるリスクが高いため、システムの改修や振込サイクルの短縮が急務となる 。 |
| 1か月以上の業務委託 (継続的なプロジェクト等に適用) | 発注事業者の7つの禁止行為を行っていないか: ① 受領拒否(一方的な発注取消しや納期延期を含む) ② 報酬の減額(協賛金名目や振込手数料の無断差し引きを含む) ③ 返品(不良品等の正当な理由がない場合) ④ 買いたたき(通常相場より著しく低い報酬の不当な決定) ⑤ 購入・利用強制(指定商品やサービスの自腹購入の強要) ⑥ 不当な経済上の利益の提供要請(無償の追加作業強要等) ⑦ 不当な給付内容の変更・やり直し | 最大のリスクポイントである。たとえフリーランス側の了解や合意があったとしても、あるいは発注事業者に違法性の意識が全くなかったとしても、客観的にこれらの行為があれば直ちに違法となる 。社内稟議や検収フローでの監視が必要である。 |
| 6か月以上の業務委託 (長期契約や定常的な業務委託に適用) | ① 育児・介護等と業務の両立に対する配慮(フリーランスからの申出に応じたスケジュール調整やリモート対応等)を実施しているか。申出を無視したり、理由なく拒絶したりしていないか 。 ② 中途解除等の事前予告について、契約を途中で解除する場合や更新しない場合、原則として「30日前まで」に予告を行っているか。また、理由の開示請求に適切に対応しているか 。 | 突発的な契約打ち切りによるフリーランスの生活基盤の喪失を防止するための規定である。基本契約書において契約期間と更新手続き、および解除条件を明確に定義しておくことが、予告義務違反を防ぐ最大の対策となる 。 |
この実務チェックリストの中で、特に注意すべき点は「1か月以上の業務委託」に適用される7つの禁止行為です 。 例えば、②報酬の減額については、業務委託時に一旦決定した報酬額を事後的に減らすことは、いかなる名目であっても違法となります。実務上よくある落とし穴として、業務を行う上で必要となる経費(交通費や通信費等)を発注者が負担すると明示していたにもかかわらず、支払時にその相当額を差し引いて支払う行為や、銀行の振込手数料を事前の合意なく勝手に差し引く行為も報酬の減額として摘発の対象となります 。 また、⑥不当な経済上の利益の提供要請や⑦不当な給付内容の変更・やり直しは、システム開発やデザイン制作、執筆業務において頻発するトラブルです。契約内容に含まれていない機能の追加開発や、仕様書に記載のないデザインパターンの作成を「ついでにお願いしたい」と無償で要請する行為は、フリーランス新法における重大な違法行為となります 。これらに対するリスク対策は、契約締結の段階において業務範囲と検収(検査)の合格基準を緻密かつ客観的に言語化しておくことにあります。
さらに、法第17条に基づく報復措置の禁止についても強く認識しておく必要があります。フリーランスが発注事業者の違法行為を公正取引委員会や厚生労働省等の行政機関に通報したことを理由として、発注事業者が当該フリーランスに対して取引の停止や発注数量の削減といった不利益な取り扱いをすることは厳格に禁止されています 。
よくあるトラブル事例と契約書に入れるべき具体的条項
厚生労働省の委託事業として第二東京弁護士会が運営する「フリーランス・トラブル110番」のホームページによりますと、報酬の未払いや不当なやり直し、一方的な契約解除など、フリーランス特有の深刻な相談事例が掲載されています 。
フリーランス・トラブル110番 HP https://freelance110.mhlw.go.jp/
これらのトラブルの根源を分析すると、その大部分は契約締結時における取引条件の設定が曖昧であったこと、あるいは発注者が経済的な優越的地位を濫用し、自己に都合の良い解釈や一方的なルールを強要したことに起因しています。
ここでは、実際に発生している代表的なトラブル事例を分析し、それらを法的に防衛するために契約書へ組み込むべき具体的な対策条項の文面を解説します。
トラブル事例1 元請の不払いや社内検査の遅延を理由とする「報酬未払い・支払遅延」
【事例の概要】 契約通りに成果物を納品したにもかかわらず、「社内の確認(検査)がまだ終わっていない」という理由で支払いが先延ばしにされたケース。さらに悪質な事案として、「当社の元請け企業からの入金が遅れているため、あなた(フリーランス)への報酬も支払えない」と、自社の資金繰りの問題を理由に支払いを一方的に拒絶される 。
【法的分析と対策条項の設計】 フリーランス新法第4条において、報酬の支払期日は「給付を受領した日(または役務の提供を受けた日)」から起算して60日以内でなければならないと厳格に定められています 。ここで重要なのは、起算日が「検査が完了した日」や「請求書を発行した日」ではないという点です 。納品後の検査が終わっているかどうかにかかわらず、物理的またはデータ等の成果物を受け取った日から60日となっています 。また、下請取引における元請けからの入金遅れを理由とした支払遅延は、取適法およびフリーランス新法の双方において一切正当化されない違法行為です。この法的原則を契約書に明記し、発注者の独自のローカルルールを排除する必要があります。
報酬の支払及び遅延損害金に係る対策条項 ) (例)
第〇条: 発注者は、受注者に対し、本契約に基づく本件業務の対価として、金〇〇〇円(消費税別)を支払うものとする。
2. 発注者は、前条に定める成果物を受領した日(役務の提供を受けた日)から起算して60日以内である令和〇年〇月〇日までに、受注者が別途指定する銀行口座へ振込送金する方法により前項の報酬を支払うものとする。なお、金融機関への振込手数料は発注者の負担とする。
3. 前項に定める支払期限は、発注者における検査の遅滞、発注者の社内承認手続きの遅延、又は発注者の取引先(元委託者を含む)からの支払遅延等、いかなる事由によっても延長されることはないものとする。
トラブル事例2 曖昧な指示や主観的評価に基づく「不当なやり直し・仕様変更」
【事例の概要】 事前に両者で了承された構成案やラフ案に基づいて作業を進め、指定された仕様通りに成果物を納品した後になってから、発注者側の担当者が「社内のイメージと違う」「コンセプトが変わった」といった主観的かつ曖昧な理由で、成果物の受領を拒否したり、無償での大規模な作り直し(リテイク)を要請したりする事案 。
【法的分析と対策条項の設計】 フリーランスに責任がないにもかかわらず、発注者の都合でやり直しを強要する行為は、フリーランス新法第5条が禁じる「不当な給付内容の変更・やり直し」に該当します 。これを防ぐためには、契約書の段階で「検査の合格基準」を客観化し、仕様書や発注内容に含まれない追加作業や主観的理由による修正には、別途の費用(追加報酬)が発生することを明文化しなければなりません。無制限のリテイクを断ち切るための防衛となります。
業務範囲の確定と不当なやり直しの禁止に係る対策条項 (例)
第〇条 :本件業務の具体的な仕様、構成、数量、及び検査における合格基準は、本契約(又は個別契約に付随する仕様書)に定める通りとする。
2. 発注者は、成果物を受領した後、〇営業日以内に前項の基準に基づく検査を完了させ、その合否を受注者に通知するものとする。同期間内に通知が行われなかった場合は、検査に合格し成果物の引渡しが完了したものとみなす。
3. 発注者は、前項の検査において本契約に定める仕様との明確な不適合(契約不適合)が認められた場合に限り、受注者に対して無償での修補を請求することができる。
4. 発注者の都合による仕様の変更、追加開発、又は前項の不適合に該当しない主観的理由に基づく修正・やり直しの要請については、別途両者で協議のうえ追加報酬及び新たな納期を定めるものとし、受注者は無償でのやり直しには応じないものとする。
トラブル事例3 一方的な発注取消しや不当な秘密保持・競業避止義務の強要
【事例の概要】 業務に向けてスケジュールを空け、必要な機材等の受託体制を整えていた段階で、費用も支払われずに一方的に発注が取り消されるキャンセル事案 。また、「業務で得たスキルを利用して他社の仕事を受けてはならない」「辞めた後3年間は同業他社で働いてはならない」といった、合理的な範囲を超えた秘密保持義務や競業避止義務を一方的に設定され、フリーランスの営業の自由が不当に制限される事案 。
【法的分析と対策条項の設計】 理由のない発注取消しは「受領拒否」に該当し得る 。また、優越的地位を利用して一方的に不利益な義務を課すことは独占禁止法上の問題となる 。継続的取引の中途解除に関する30日前予告ルール(法第16条)を契約に組み込むとともに、発注取消し時の補償ルールと、合理的な範囲に限定した秘密保持条項を規定する。
契約の解除及び発注取消し時の補償に係る対策条項 ) (例)
第〇条: 本契約に基づく業務委託期間が6か月以上に及ぶ場合において、発注者又は受注者が本契約を中途解除しようとするとき、又は期間満了に伴い更新を行わないときは、原則として解除日又は期間満了日の30日前までに、相手方に対して書面又は
電磁的方法によりその旨を予告しなければならない。
2. 発注者の自己都合により、受注者が業務に着手した後に本契約の全部又は一部が解除(発注取消し)された場合、発注者は、受注者が既に遂行した業務の進捗割合に応じた報酬、及び受注者が本件業務のために既に支出した合理的な実費又はキャンセル料を賠償するものとする。
3. 本契約に関連する秘密保持義務及び競業避止義務は、本件業務の遂行に必要かつ合理的な範囲内に限定されるものとし、発注者は受注者の他社との取引や一般的な職業選択の自由を不当に制限してはならない。
電子契約・書面交付の実務ポイント 保管と開示のルール
フリーランス新法第3条に基づく取引条件の明示は、伝統的な紙の「書面」による交付が原則とされつつも、現代のビジネススピードとリモートワークの実態を反映し、電磁的方法による提供も法的に広く認められています 。具体的に認められる電磁的方法としては、電子メールの送信、SNS(LINEやFacebookメッセンジャー等)のメッセージ機能、PDFファイルの添付、自社発注システムでのマイページへの掲載、さらにはURLの記載など、多岐にわたる手段が あげられます。
しかしながら、電磁的方法を活用してフリーランスと契約を締結する際には、単なるフリーランス新法上の義務履行の観点だけでなく、証拠保全の法的安定性や、税法および電子帳簿保存法(電帳法)に基づくコンプライアンスの観点から、いくつかの重大な実務的ポイントを理解し、社内ルールを整備しておく必要があります。
第一の実務ポイントは、「記録の改ざん・消失リスク」への防衛策です。SNSのメッセージ機能やチャットツールを利用した取引条件の明示は手軽で迅速である反面、システムの仕様により送信者側からメッセージの取り消しや削除が行われたり、アカウントの退会や一定期間の経過によってログの閲覧が不可能になったりする危険性があります 。フリーランス新法においては、万が一行政機関(公正取引委員会等)による報告徴収や立入検査が行われた際、あるいはフリーランスとの間に支払い等の紛争が生じた際に、合意した取引条件を客観的に証明する証拠の提示が求められます。したがって、実務上の最適解としては、チャットツール上で業務の打診や大まかな条件合意を行った場合であっても、最終的な取引条件については変更不可能なPDF形式の「業務委託契約書兼発注書」を発行し、フリーランス側がローカル環境にダウンロード・保存できる状態で送付する運用が必要となります。また、法制上、電磁的方法で明示を行った場合であっても、フリーランス側から書面(紙)での交付を求められたときには、特段の事情がない限り、発注事業者は遅滞なく書面を印刷して交付する義務を負っている点も忘れてはいけません 。
第二の実務ポイントは、電子帳簿保存法(電帳法)および各税法に則った「記録の保存義務と期間」の遵守です。フリーランス新法そのものの条文内には、明示書類や取引記録の具体的な「保存期間(何年間保存すべきか)」に関する直接的かつ年数を指定した規定は存在しませ
ん 。しかし、契約書、発注書、請求書、領収書といった取引に関する証憑類は、法人税法および所得税法の規定により、保存義務が課されています。具体的には、法人の場合は原則7年間(欠損金が生じた事業年度については10年間)、個人事業主の場合でも青色申告・白色申告を問わず原則5年ないし7年間の保存が義務付けられています 。さらに、消費税法におけるインボイス制度(適格請求書等保存方式)の導入により、仕入税額控除を受けるための証憑保存の要件はかつてないほど厳格化しています 。
これに加えて、2024年1月より完全義務化された電子帳簿保存法の「電子取引のデータ保存」要件があります 。電子メール、チャット、クラウドシステム等を経由して電子的に授受した取引データ(契約書や請求書のPDF等)は、紙に印刷して保存することは認められず、そのまま電子データの状態で法定期間保存しなければなりません 。その際、データが改ざんされていないことを証明する「真実性の確保(タイムスタンプの付与や、訂正・削除防止に関する事務処理規程の備え付け)」と、税務調査等の際に速やかにデータを取り出せる「可視性の確保(取引年月日、取引金額、取引先名称による検索機能の確保)」という厳しい要件を満たす必要があります 。
結論として、企業がフリーランスとの電子契約や書面交付を実務で安全に運用するためには、担当者の個人のメールボックスやチャットログに契約データを散在させてはいけません。クラウドサイン等の認定タイムスタンプが付与される「電子契約サービス」や、電帳法の検索要件に標準対応した「受発注管理・請求書管理システム」を組織的に導入し、フリーランス新法が求める「直ちの明示義務」と、税法が求める「改ざん不能な長期保存義務」をワンストップで自動的にクリアできる社内インフラ(保管と開示のルール)を構築することが、最も確実かつ効率的なリスク対策となります。
企業が取引先フリーランスと安全に契約するための社内整備
フリーランス新法の施行、さらに2026年1月に施行された取適法(中小受託取引適正化法)により、企業の法務部門が単に契約書のひな形を数行書き換えるといった表面的な対応で乗り切れるものではありません。これは、企業全体の調達プロセス、経理の支払いサイクル、人事のコンプライアンス管理、さらには現場担当者の意識までをも根底からの変革が必要な、社内プロジェクトとなります。企業がフリーランスと安全かつ適法に取引関係を構築・継続するためには、以下の領域で社内ルールの再構築を進めなければなりません。
フリーランス新法への対応において、企業が最も陥りやすいのが支払いサイトに関する規程違反です。本法により、フリーランスに対する報酬は、物品や役務の給付を受領した日から数えて60日以内のできる限り短い期間内に、支払うことが義務付けられました 。日本の商慣習において一般的な月末締め・翌々月末払いという経理規程をそのままフリーランスに適用した場合、例えば月初の1日に納品された成果物に対する支払いが翌々月末になると、受領日から起算して60日を超過するため、直ちに法律違反となります 。したがって、フリーランスとの取引においては、支払サイトを月末締め・翌月末払いや納品から30日払い等へ短縮するための経理システムの改修とキャッシュフローの調整が必須となります。 さらに重大な事項としては2026年施行の取適法において新たに盛り込まれる、手形払いの原則禁止です 。これまで下請法の下では、支払期日(60日以内)に手形を交付すること自体は一定の条件下で認められていましたが、新基準では金融情勢の変化等による極めて限定的な例外を除き、支払い手段としての手形等の利用は原則禁止され、基本的には現金(銀行口座への振込)への一本化が強く求められることとなります 。現在、協力会社やフリーランスへの決済に手形や一括決済方式(ファクタリング等)を多用している企業は、フリーランス宛の決済を先行して現金振込へ切り替える財務・経理上の準備を直ちに開始しなければなりません。
厚生労働省が所管する「就業環境の整備」義務への対応として、企業は社内の従業員向けに設置しているハラスメント相談窓口の対象範囲を、外部の業務委託先であるフリーランスにまで公式に拡張しなければならなくなりました 。これには、契約書に窓口の連絡先を記載するだけでは不十分であり、フリーランスから実際にハラスメント(セクハラ、パワハラ、マタハラ等)の相談が寄せられた際に、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮や加害者への懲戒、再発防止策を講じるための「事後対応プロセス」を社内規程として策定しておく必要があります 。また、フリーランスに直接業務を発注し、指揮・連絡を行う現場の責任者や担当者に対して、「フリーランスは下請けではなく対等な事業者であり、優越的地位を利用した高圧的な言動や理不尽な要求は、会社に罰則をもたらす重大なコンプライアンス違反である」という認識を徹底させるための社内研修を定期的に実施する必要があります 。
クラウドソーシングサイト、求人プラットフォーム、あるいは自社の公式SNS等を通じて不特定多数のフリーランスを募集する際、実態と異なる高い報酬額を見出しに掲げたり、過大な業務範囲や厳しいペナルティ条件を隠蔽したりする行為は、「虚偽・誤解を与える表示の禁止」に抵触します 。広告や募集要項を外部に公開する前に、記載されるべき6つの必須情報
(氏名、名称、住所、連絡先、業務の内容、従事する場所、報酬)が正確に記載されているかを、現場担当者任せにせず、法務または人事部門がダブルチェックして審査する社内フローを確立することが求められます 。また、募集を終了した場合や条件に変更が生じた場合は、情報を直ちに削除または最新の状態に更新する運用ルールを徹底しなければなりません 。
やっくんからのアドバイス
フリーランス新法の施行(2024年11月)、そしてこれに続く中小受託取引適正化法の施行(2026年1月)という一連の法改正は、日本における企業間取引の構造と商慣習を大きく変革することになるでしょう。これらの法規制の根底には、保護の対象を決定するにあたり、資本金の額や組織形態の大小という形式的な基準から脱却し、「自らのスキルを頼りに働く個人の保護」という点に重きを置いたことにあります 。優越的地位の濫用を許さず、事業規模にかかわらずすべての事業者が対等かつ公正に、そして安心して取引できる環境を国家レベルで保障するというメッセージが込められています。
企業におけるフリーランス新法への対応は、単に行政指導や罰則を避けるための守りの法務作業にとどまるものではありません。法定要件を完璧に満たし、業務範囲と検査基準を明確に定義した透明性の高い契約書を整備すること。受領後60日以内の迅速かつ確実な支払いを約束し、理不尽なやり直しや報酬減額を行わないこと。そして、ハラスメント相談窓口の開示や育児・介護への配慮を通じて、組織外のパートナーに対しても心理的・環境的安全性を提供すること。これらを誠実に実践する企業は、フリーランス市場において信頼に足る優良な発注者としての強固なブランドと競争優位性を確立することができます。
少子高齢化による構造的な労働力不足と、働き方の多様化が急速に進む現代の日本企業において、高度な専門スキルと柔軟性を持つ外部のフリーランス人材の確保は、企業の成長を左右する重要な経営課題となっています。フリーランス新法の厳格な要件を高い水準で満たした契約書を導入し、適正な取引フローを社内文化として根付かせることこそが、優秀な人材を惹きつけ、不要なトラブルを未然に防ぎながら、中長期的な共創関係を築き上げることができます。企業担当者、とりわけ法務や調達の実務を担うプロフェッショナルは、もはや猶予期間はありません。
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