父が亡くなり、札幌市内の自宅や家屋を「すべて母の名義にしたい」というご相談は、相続手続の中でも非常に多いものです。長年夫婦で暮らしてきた家であれば、今後も母が安心して住み続けられるように、子どもたちが母名義にすることへ同意するケースも少なくありません。
しかし、不動産は預貯金と違い、「家族でそう決めたから自動的に名義が変わる」というものではありません。父名義の家屋を母名義にするためには、相続人全員で遺産分割協議を行い、その内容を遺産分割協議書として書面化し、相続登記の手続へ進む必要があります。
今回は、行政書士の視点から、父の残した家屋を全て母の名で登記する場合の遺産分割協議書作成について、基本から応用まで整理して解説いたします。
遺産分割協議書の基本
遺産分割協議書とは、相続人全員が「遺産をどのように分けるか」を合意し、その内容を文書にしたものです。 法的には「契約書」にあたり、相続手続き(不動産の名義変更・預貯金の解約など)に必須となる最重要書類です。
相続は、遺言がない場合「法定相続分」が基準になりますが、 実際には 「誰がどの財産を取得するか」 を決める必要があります。
その合意内容を証明するのが遺産分割協議書です。
【例】
・ 長男が自宅不動産を取得
・ 次男が預金を取得
・ 妹が生命保険金以外は辞退
こうした内容を明確に書くことで、後のトラブルを防ぎます。
① 有効な遺言書がある場合
お父様が生前に「自宅は妻に相続させる」という有効な遺言書(公正証書遺言など)を残していた場合は、遺言書が最優先されます。そのため、改めて家族で話し合い、協議書を作成する必要はありません。
② 相続人が1人しかいない場合
例えば、お母様がすでに他界されており、一人っ子であるあなただけが相続人の場合、話し合う相手がいないため協議書は不要です。
③ 法定相続分(法律で定められた割合)の通りに分ける場合
例えば、現金を法律の割合通りに1円単位で分けるような場合は不要なこともあります。
(※ただし、不動産を法定相続分で共有名義にすることは、後々のトラブルの元となるためお勧めしません)
上記以外のケース、つまり「遺言書がなく、複数の相続人がいて、誰が何をどれくらい相続するかを自由に決める場合」には、必ず遺産分割協議書が必要になります。
特に、不動産の名義変更(相続登記)や、亡くなった方の銀行口座の凍結解除を行う際には、金融機関や法務局からこの書類の提出を厳格に求められます。
「母の名義にする」とは、遺産分割で母が取得するということ
父が亡くなった場合、まず確認すべきことは、誰が相続人になるかです。一般的な家庭で、父に配偶者である母と子どもがいる場合、母と子ども全員が相続人になります。
たとえば、相続人が母、長男、長女の3名であれば、父名義の家屋についても、この3名全員が相続に関係します。たとえ子どもたちが「自分たちはいらない。母が全部相続すればよい」と考えていても、その意思を明確に残す必要があります。
遺産分割協議書には、「父の残した不動産を母が取得する」という内容を記載し、相続人全員が署名し、実印で押印します。そして、各相続人の印鑑証明書などを添付して、相続登記の手続に使用します。
ここで注意したいのは、子どもが財産を受け取らない場合でも、必ずしも家庭裁判所で行う「相続放棄」と同じ意味にはならないという点です。遺産分割協議で「母が全部取得する」と決めることと、家庭裁判所で相続放棄をすることは別の手続です。借金などの債務がある場合には、特に慎重な判断が必要です。
確認すべき基本事項
父の家屋を母名義にする前に、次の事項を確認します。
まず、父が遺言書を残していないか確認します。自筆証書遺言、公正証書遺言、法務局保管制度を利用した遺言などがある場合、その内容が優先されることがあります。
遺言書に「自宅は妻に相続させる」と書かれていれば、遺産分割協議を省略できる場合もあります。一方、遺言がない場合や、遺言に家屋についての記載がない場合には、相続人全員による遺産分割協議が必要です。
次に、戸籍を集めて相続人を確定します。父の出生から死亡までの戸籍、除籍、改製原戸籍を取得し、前婚の子、認知した子、養子などがいないか確認します。
相続では、「家族が知っている範囲」だけで判断することはできません。戸籍上の相続人全員が協議に参加しなければ、遺産分割協議は有効に成立しません。
家屋を母名義にする場合でも、対象となる不動産を正確に把握する必要があります。
特に札幌市内の一戸建てでは、次のような財産が分かれていることがあります。
・ 土地
・ 建物
・ 車庫
・ 物置
・ 私道持分
・ 共有道路の持分
・ 未登記の増築部分
・ 借地権や底地
・ マンションの敷地権
「家」と一言で言っても、登記上は土地と建物が別々の不動産です。建物だけを母名義にしても、土地が父名義のまま残ってしまうことがあります。そのため、固定資産税の納税通知書、名寄帳、登記事項証明書などを確認し、漏れがないようにすることが大切です。
遺産分割協議書に記載すべき基本内容
父の残した家屋を母が取得する場合、遺産分割協議書にはおおむね次の内容を記載します。
1.被相続人(亡くなられた方)の表示
亡くなった父について、氏名、最後の住所、本籍、生年月日、死亡日などを記載します。
例としては、次のような形です。
被相続人 山田太郎
本籍 札幌市〇区〇〇
最後の住所 札幌市〇区〇〇
令和〇年〇月〇日死亡
2.相続人全員の表示
母、子ども全員など、相続人全員を記載します。協議書の末尾には、各相続人が住所、氏名を記載し、実印で押印します。
3.不動産の表示
不動産は、登記事項証明書の記載どおりに正確に書くことが重要です。
土地であれば、所在、地番、地目、地積を記載します。建物であれば、所在、家屋番号、種類、構造、床面積を記載します。
固定資産税の納税通知書に書かれている住所表記だけでは、登記手続に適さないことがあります。住所と地番は異なる場合があるため、登記事項証明書を確認して記載することが基本です。
4.誰が取得するか
今回のテーマであれば、次のような内容を記載します。
「相続人全員は、下記不動産を相続人山田花子が取得することに合意した。」
このように、母が単独で取得することを明確にします。
5.後日判明した財産の取扱い
相続手続では、後から別の不動産や預貯金が見つかることがあります。そのため、協議書には「本協議書に記載のない遺産が後日判明した場合は、相続人間で別途協議する」または「母が取得する」などの条項を入れることがあります。
ただし、内容によっては相続人間の公平性や将来のトラブルに関わりますので、安易に定型文だけで済ませないことが大切です。
「全て母の名で登記」とする場合の注意点
父の残した家屋をすべて母名義にすることは、家族の生活実態に合っていることが多いです。特に母がその家に住み続ける場合、単独名義にしておくことで、固定資産税の通知、修繕、将来の売却、施設入所時の資産整理などが進めやすくなります。
一方で、注意点もあります。
父の相続で母がすべて取得した後、将来母が亡くなると、今度は母の相続が発生します。これを二次相続といいます。
父の相続では、配偶者である母には税務上の大きな軽減制度があるため、いったん母にすべて相続させる選択が有利に見えることがあります。しかし、母の相続時には配偶者控除が使えないため、家族構成や財産額によっては、二次相続で税負担が増えることもあります。
相続税が関係しそうな場合には、税理士に相談しながら進めることをおすすめします。
今は全員が母名義に同意していても、将来母が施設に入る、家を売却する、誰かが同居する、空き家になるといった事情が出てくることがあります。
札幌では冬期間の除雪、屋根の雪下ろし、水道凍結、空き家管理など、家屋維持の負担も無視できません。母が高齢の場合には、「名義を母にすること」とあわせて、今後誰が管理するのか、費用をどうするのかも話し合っておくと安心です。
子どもたちも一部持分を取得して共有にする方法もあります。しかし、共有名義にすると、売却や担保設定、建替えの際に共有者全員の同意が必要になります。
家族関係が良好なうちは問題がなくても、共有者が亡くなってさらに相続が発生すると、権利関係が複雑になります。自宅を母が使い続ける予定であれば、母の単独名義にする方が管理しやすい場合が多いです。
遺産分割協議書の記載例
以下は、父名義の家屋を母が取得する場合の簡単な記載例です。実際には、戸籍、登記情報、相続人の状況に応じて調整が必要です。
相続人全員は、被相続人山田太郎の遺産について協議を行い、次のとおり遺産分割協議が成立した。
第1条 相続人山田花子は、次の不動産を取得する。
所在 札幌市〇区〇〇
地番 〇番〇
地目 宅地
地積 〇〇・〇〇平方メートル
所在 札幌市〇区〇〇
家屋番号 〇番〇
種類 居宅
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建
床面積 1階〇〇・〇〇平方メートル、2階〇〇・〇〇平方メートル
第2条 本協議書に記載のない遺産が後日判明した場合には、相続人全員で別途協議する。
第3条 相続人全員は、本協議の内容に異議がないことを確認する。
このように、不動産の表示は必ず登記簿に合わせます。「札幌市〇区の自宅を母が相続する」という書き方だけでは、登記手続で補正が必要になる可能性があります。
<参考> 遺産分割協議書のひな型(国税庁) 出典:遺産分割協議書の記載例

相続登記義務化にも注意が必要
令和6年4月1日から、相続登記が義務化されています。相続によって不動産を取得したことを知った日から、原則として3年以内に相続登記を申請する必要があります。
正当な理由なく申請を怠った場合、過料の対象となることがあります。
父が亡くなった後、「そのうち手続しよう」と思っているうちに年月が経過すると、相続人の中でさらに相続が発生し、手続が複雑になることがあります。母名義にする方針が決まっているのであれば、早めに遺産分割協議書を作成し、登記手続へ進むことが大切です。
なお、行政書士は遺産分割協議書の作成や戸籍収集、法定相続情報一覧図の作成支援などを行うことができますが、不動産登記申請の代理は司法書士の業務です。必要に応じて司法書士と連携して進めることになります。
遺産分割協議書に関わる応用編
相続人の中に認知症などで判断能力が十分でない方がいる場合、その方が自分で遺産分割協議に参加することは難しくなります。
この場合、成年後見人の選任が必要になることがあります。成年後見人が本人に代わって協議に参加しますが、本人にとって不利益な内容にならないよう慎重な判断が求められます。
たとえば、子どもが認知症であるにもかかわらず、「母が全部取得する」という内容にする場合、その子どもの相続分をどう考えるかが問題になります。単に家族全員が納得しているというだけでは進められないことがあります。
相続人に未成年者がいる場合、親権者が代理人になるのが原則です。しかし、母も相続人であり、未成年の子も相続人である場合、母と子の利益が対立することがあります。
たとえば、「母が不動産を全部取得し、未成年の子は取得しない」という協議では、母と子の利益がぶつかる可能性(利益相反)があります。この場合、家庭裁判所で特別代理人を選任する必要があることがあります。
未成年者が関わる相続では、通常の遺産分割協議書よりも慎重な準備が必要です。
相続人全員の合意が必要である以上、連絡が取れない相続人がいる場合には、そのまま協議を成立させることはできません。
住所を戸籍の附票などで調査し、連絡を試みることになります。それでも所在が分からない場合には、不在者財産管理人の選任など、家庭裁判所での手続が必要になることがあります。
「長年会っていないから関係ない」「連絡が取れないから除外する」ということはできません。相続人を一人でも欠いた遺産分割協議書は、後から無効となるおそれがあります。
札幌でもよくあるのが、実際には父が住んでいた家なのに、登記名義が祖父や祖母のままになっているケースです。
この場合、父の相続だけではなく、祖父や祖母の相続から整理する必要があります。これを数次相続といいます。
長期間名義変更をしていない不動産では、相続人の数が増え、全国に親族が散らばっていることもあります。母名義にしたいと思っても、祖父母の相続人全員の関与が必要になる場合があります。
このようなケースでは、戸籍収集だけでも時間がかかりますので、早めの着手が重要です。
子どもたちが母に家屋を取得させることには同意しているものの、他の財産とのバランスを取るために、母から子どもへ一定額を支払う場合があります。これを代償分割といいます。
たとえば、父の主な財産が自宅だけで、母が自宅を取得する代わりに、母が長男と長女にそれぞれ一定額を支払うという方法です。
代償分割を行う場合には、遺産分割協議書に、支払う金額、支払期限、支払方法を明確に記載します。曖昧にしておくと、後日のトラブルにつながります。
父に借金や住宅ローンが残っている場合、不動産だけを母が取得すれば終わりというわけではありません。
債務は、遺産分割協議で相続人間の内部負担を決めることはできますが、債権者に当然に対抗できるとは限りません。住宅ローンがある場合には、金融機関との協議や団体信用生命保険の有無の確認も必要です。
借金が多い場合には、相続放棄や限定承認を検討すべきこともあります。相続放棄には期限がありますので、父が亡くなった後、財産より債務が多そうな場合には、早めに専門家へ相談することが大切です。
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必要書類のチェックリスト
父の家屋を母名義にする手続では、一般的に次のような書類が必要になります。
- 父の出生から死亡までの戸籍、除籍、改製原戸籍
- 父の住民票除票または戸籍の附票
- 相続人全員の現在戸籍
- 相続人全員の印鑑証明書
- 母の住民票
- 不動産の登記事項証明書
- 固定資産評価証明書
- 固定資産税納税通知書
- 遺産分割協議書
- 法定相続情報一覧図または相続関係説明図
金融機関の手続も同時に行う場合には、印鑑証明書について「発行から3か月以内」などの条件を求められることがあります。登記手続と金融機関手続では必要書類の扱いが異なることもあるため、事前確認が大切です。
専門家に依頼する判断基準
ここまで遺産分割協議書の作成について解説してきましたが、「自分たちでやるべきか、専門家に頼むべきか」迷われる方も多いでしょう。 以下のいずれかに当てはまる場合は、行政書士などの専門家に依頼することを強くお勧めいたします。
① 戸籍を集める時間や手間が惜しい(またはやり方がわからない)
平日の日中に何度も役所に出向くのが難しい方や、古い手書きの戸籍を読み解くのが困難な方。
② 相続人同士が疎遠、または関係性が微妙である
「直接連絡を取りづらい」「自分からハンコを押してくれとは言いにくい」場合。第三者である専門家が客観的な立場で書類を作成し、ご案内を送ることで、感情的なもつれを防ぎスムーズに進むことが多々あります。
③ 未成年者、認知症の方、行方不明者がいる
裁判所の手続きが絡むため、専門知識が必須となります。
④ 不動産の正確な書き方や、二次相続(次にお母様が亡くなった時のこと)まで見据えたい
目先の手続きだけでなく、将来の税金やトラブルを防ぐ視点が必要です。
まとめ
父の残した家屋を全て母の名で登記するためには、相続人全員による遺産分割協議と、正確な遺産分割協議書の作成が欠かせません。
特に不動産は、土地と建物が分かれていたり、私道持分や未登記建物があったり、登記名義が古いまま残っていたりすることがあります。「自宅を母名義にするだけ」と思っていても、確認すべき点は意外と多いものです。
母が安心して札幌の自宅に住み続けるためにも、相続人全員の意思を明確にし、将来の二次相続や管理負担まで見据えて協議書を作成することが大切です。
早めに戸籍や不動産資料を確認し、必要に応じて行政書士、司法書士、税理士などの専門家と連携しながら、確実に手続を進めていきましょう。
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