皆さんは「遺言書」と聞いて、どのようなイメージを持たれるでしょうか。「まだ若いから関係ない」「うちは財産が多くないから揉めないだろう」「家族の仲が良いから大丈夫」 そう考えて後回しにされている方が非常に多いのが現実です。
しかし、人の心は環境や状況によって変わるものです。そして、遺産を巡るトラブルは、決して「特別な資産家」だけのものではありません。むしろ、残された家族への感謝の気持ちや、これまでの貢献度(寄与分)が正当に評価されないときに、深い確執が生まれてしまうのです。
今回は、ある札幌の家族の物語を通じて、なぜ 公正証書遺言 が必要なのかを、小説風にお伝えしたいと思います。少し長い物語ですが、ぜひ最後までお付き合いください。
ある家族の物語 ~ 真の家族とは 親友の行政書士のアドバイスがこの家族を救う
第1章 暗転した華やかな日常
5年前の秋。札幌の街が美しい紅葉に染まり、初雪の足音が聞こえ始めた頃、東京の大手丸の内オフィス街を颯爽と歩く一人の女性がいました。
その名は加藤美咲(かとう みさき)、当時30歳。
彼女は東京の一流企業で働く、いわゆる「バリキャリ」のOLでした。仕事は順調、社内での評価も高く、プライベートでは2年越しの交際を続けている恋人もいました。
「来年あたり、結婚かな」そんな未来を漠然と思い描いていた美咲の元に、1本の電話がかかってきたのは、金曜日の夜のことでした。
「美咲ちゃん、お父さんが……お父さんが脳梗塞で倒れたの!」
電話の主は、札幌に住む叔母でした。美咲が高校生の時に母親を40代の若さで亡くして以来、男手一つで育ててくれた父、正雄(まさお)は、当時61歳。まだまだ現役で元気に暮らしているとばかり思っていた父が、突然の病に倒れたのです。
美咲は翌朝一番の飛行機で、新千歳空港へと飛びました。 病院のICU(集中治療室)で面会した父は、人工呼吸器に繋がれ、かつての厳格で逞しかった面影はどこにもありませんでした。一命は取り留めたものの、医師から告げられた診断は残酷なものでした。
「一命は取り留めましたが、脳の損傷が激しく、右半身に強い麻痺が残る可能性が高いです。今後は長期のリハビリと、手厚い介護が必要になるでしょう」
美咲の頭の中は真っ白になりました。 東京には、大好きな仕事がある。キャリアもある。そして、結婚を約束しかけている恋人もいる。しかし、札幌の実家には、体が不自由になった父が一人取り残されることになるのです。
美咲には、3歳年上の兄・大輔(だいすけ、当時33歳)がいました。大輔はすでに結婚し、札幌市内に一戸建てのマイホームを構え、3歳になる息子(正雄にとっての孫)と妻の3人で暮らしていました。
美咲はすがるような思いで、大輔に連絡を取り、病院のロビーで話し合いました。
「お兄ちゃん、お父さんのことだけど……私、東京に仕事があるし、お兄ちゃんは札幌にいるから、これからの介護のこと、少し手伝ってもらえないかな?」
しかし、大輔から返ってきたのは、冷ややかな一言でした。
「いや、無理だよ。俺も仕事が忙しいし、嫁さんもパートをしていて余裕がない。それに、うちは子供の教育費もかかるし、実家に通う時間なんてないよ。美咲は独身だし、融通が利くだろ? お前が札幌に戻って面倒を見てくれよ」
大輔の妻も同席していましたが、「そうですよ、美咲さん。私たちは私たちの生活で手一杯なんです」と、迷惑そうに目をそらすだけでした。
美咲は絶望しました。同じ札幌に住んでいながら、実の父親の危機にここまで冷淡になれるものなのか。 東京の恋人に相談すると、「札幌に戻るなら、遠距離恋愛は耐えられない。結婚の話も白紙に戻してほしい」と言われました。
仕事、恋人、東京での華やかな生活。 美咲はすべてを失いました。しかし、ベッドの上で言葉も発せられず、申し訳なさそうに涙を流す父の手を握った時、美咲の心は決まりました。
「私が、お父さんを支える。会社を辞めて、札幌に帰ろう」
30歳、惜しまれながらも退職届を提出し、美咲の過酷な5年間の介護生活が始まったのです。
第2章 過酷な5年間と、見えない「家族」
札幌の実家に戻った美咲を待っていたのは、想像を絶する介護の日々でした。
正雄の右半身の麻痺は重く、当初は寝返りを打つことも、一人でトイレに行くこともできませんでした。身長175センチの父の体を、小柄な美咲が必死に支えて車椅子に移す。それだけで腰が砕けそうになりました。
夜中も2時間おきに「トイレ」と「体位変換」で起こされ、美咲は慢性の睡眠不足に陥りました。かつて東京のオフィスで輝いていた爪は短く切られ、手は水仕事と介護で荒れ果てました。友達とランチに行く時間も、美容室に行く時間もありません。
「何のために、私は生きているんだろう……」
冬の札幌は容赦なく冷え込みます。実家の窓の外に降り積もる雪を見ながら、美咲は何度も一人で涙を流しました。
そんな過酷な5年間、兄の大輔は何をしていたのでしょうか。 大輔の家から実家までは、車でわずか30分ほどの距離でした。しかし、大輔が実家に顔を出すことは、年に1回あるかないかでした。
お盆や正月といった、本来なら家族が集まる時期でさえ、大輔一家が実家に来ることはありませんでした。大輔の妻の実家は、帯広市にありました。大輔は、盆休みや正月休みになると、決まって嫁と孫を連れて、帯広の妻の実家へと帰省していたのです。
美咲が「少しでいいから、お正月の数日間だけでもお父さんの顔を見に来てくれない?」と電話をかけても、大輔は面倒くさそうにこう言いました。
「向こうの両親が孫に会いたがっているんだよ。実家には美咲がいるんだから、問題ないだろ? じゃあ、そういうことで」
ガチャン、と切れる電話の音。 美咲は、隣の部屋で寂しそうにテレビを見ている父の背中を見て、胸が締め付けられる思いでした。同じ札幌に暮らしながら、盆正月も無視して嫁の実家ばかりを優先する兄。大輔にとって、病気で動けなくなった父親は、すでに「終わった存在」であり、面倒な荷物でしかなかったのです。
しかし、美咲の献身的な介護と、父、正雄の諦めないリハビリの甲斐あって、奇跡が起きました。 3年が過ぎた頃から、正雄は少しずつ言葉を取り戻し、杖を使いながらも自力で歩行ができるようになったのです。5年目を迎える頃には、簡単な日常の家事なら、自分で行えるまでに回復しました。
「美咲、本当にありがとう。お前のおかげで、私はもう一度、人間らしい生活を取り戻せた」
正雄は、美咲の手を握って何度も涙を流しました。美咲の30代前半という最も貴重な5年間は、すべて父の介護に捧げられました。それは過酷でしたが、父の笑顔を取り戻せたことだけが、美咲の救いでした。
第3章 突然の訪問者、むき出しの強欲
父、正雄が奇跡的な回復を遂げて間もない頃、実家に激震が走る出来事が起こります。 それは、ある「土地」に関するニュースでした。
かつて、美咲の祖父(正雄の父)は、札幌市内で大規模な「玉ねぎ農家」を営んでいました。祖父が亡くなった際、その広大な農地はすべて正雄が相続していました。長年、農地として、親戚の農家に無償で貸していましたが、札幌市の都市開発計画に伴い、宅地として販売されることになったのです。
農地から「宅地」への変更。 これにより、その土地の資産価値は跳ね上がり、正雄は一夜にして数億円とも言われる「莫大な遺産(資産)」を持つことになりました。
このニュースが地元紙や噂で流れた途端、それまで5年間、一度も連絡をしてこなかった男が、手のひらを返したように動き出しました。
兄の大輔です。
ある土曜日の午後、実家のインターホンが激しく鳴りました。美咲がドアを開けると、そこには大輔と、その妻の姿がありました。5年間、盆正月すら無視し続けた兄夫婦が、アポなしで突然現れたのです。
「おや、大輔、それに真由美(嫁の名)さんも……珍しいな」
リビングのソファに座る正雄が声をかけると、大輔夫婦は挨拶もそこそこに、正面の椅子にドカリと座り込みました。そして、開口一番、信じられない言葉を放ったのです。
「親父、聞いたよ! じいちゃんの土地が宅地になって、ものすごい価値になったんだってな。さすが親父だ、おめでとう!」
大輔は興奮を隠せない様子で、身を乗り出しました。
「でさ、親父も一時は死にかけたわけだし、これからのことも考えなきゃいけないだろ? 単刀直入に言うけど、うちにはこれから大学に行く息子もいるし、俺は加藤家の長男だ。だから、親父の遺産はすべて、長男である俺が受け取るべきだと思うんだ。今すぐ、すべての財産を俺に譲るっていう遺言書を書いてくれよ。ここに紙とペンを持ってきたからさ」
横にいた妻も、目を血走らせて頷いています。 「そうですよ、お義父さん。長男の家系が財産を継ぐのが、昔からの日本の常識ですからね。美咲さんはどうせそのうち嫁に行く(実際には介護で婚期を逃している)身なんですから、財産なんて必要ないでしょう?」
美咲は、そのあまりの強欲さと、5年間の介護への冒涜に、怒りで震えが止まりませんでした。 「お兄ちゃん……! よくそんなことが言えるね! この5年間、お父さんがどれだけ苦しんで、私がどんな思いで介護してきたか知ってるの!? あなたたちは一度だって助けてくれなかったじゃない!」
「うるさいな! お前はただ実家に居候して、親父の金で暮らしていただけだろ! 介護なんて大げさなんだよ。現に親父はこうしてピンピンして歩けてるじゃないか。とにかく、親父、長男の俺に全部譲るって書いてくれ!」
大輔は美咲を怒鳴りつけ、正雄にペンを押し付けようとしました。5年間、父親を無視し続け、盆正月は帯広の嫁の実家で贅沢に過ごしていた男が、金の話になった途端に「長男の権利」を主張し始めたのです。
第4章 親友からの助言と、すでに準備されていた答え
大輔夫婦の醜い怒号が響くリビングで、父・正雄は静かに深く、ため息をつきました。そして、ペンを押し付けようとする大輔の手を、不自由な右手で強く押し返しました。
「大輔、真由美さん。お前たちの言い分は、よく分かった。……だが、お前たちは大きな勘違いをしているぞ」
正雄の口調は、驚くほど冷静でした。
「遺言書なら、もうとっくの昔に書いてある」
「えっ……!?」 大輔と妻の真由美の動きがピタリと止まりました。
「病気になって2年が過ぎた頃、私はまだベッドから起き上がれず、絶望の中にいた。その時、私の高校時代からの親友で、行政書士をしている鈴木義郎君が、心配して何度も見舞いに来てくれたんだ。鈴木は私の体の状況と、美咲が人生を賭けて私を支えてくれている姿を見て、こう言ってくれたんだ」
正雄は、当時を懐かしむように目を細めました。
「正雄、お前が美咲ちゃんに感謝しているなら、それを口先だけでなく、はっきりとした「形」にして残すべきだ。今のお前の状況なら、万が一のことがあった時、残された美咲ちゃんが理不尽な目に遭うかもしれない。こういう時こそ、「公正証書遺言」を作成して、公証役場に保管しておくんだ」
「私は鈴木のアドバイスに従った。当時、美咲は東京で華やかなOL生活を満喫し、結婚を考えている彼氏もいた。それをすべて捨てて、独身のまま、私を一生懸命介護してくれたんだ。だから私は、私の所有するすべての財産(不動産、預貯金を含む全額)を、長女である美咲に相続させる、という遺言書を作った。それはすでに、札幌の公証役場にしっかりと保管されている」
正雄の言葉を聞いた瞬間、大輔の顔から血の気が引きました。しかし次の瞬間、真由美が半狂乱になって叫びました。
「そんなの無効よ! 絶対におかしいわ! どうせ、美咲さんがお義父さんをそそのかして、無理やり書かせたに決まってるわ! 私たち長男一家を排除するなんて、そんなの陰謀よ! 詐欺よ!」
大輔も顔を真っ赤にして暴言を吐き始めました。 「そうだ! 親父、ボケてたんじゃないのか!? 美咲、お前、親父を洗脳したな! 遺言書を今すぐ書き直せ! じゃないと裁判を起こしてやるからな!」
罵詈雑言を浴びせる大輔夫婦に対し、正雄はドン、と机を叩きました。その目には、かつての厳格な父親の光が宿っていました。
「黙れ! そそのかされただと? 洗脳だと? 私は一歩も実家から出られなかった時も、頭だけははっきりしていた! 鈴木義郎というプロの行政書士が立ち会い、公証人という法律の専門家が、私の意識が正常であることを確認した上で作成した、一点の曇りもない『公正証書遺言』だ! 書き直すつもりなど、毛頭ない!」
正雄は大輔を鋭い眼光でにらみつけました。
「大輔、よく聞きなさい。この5年間、美咲がどれだけ大変な看病をしてくれたか、お前は想像したことがあるか? 私の排泄の手伝いをし、夜も眠れず、自分の人生をすべて私に捧げてくれたんだ。同じ札幌にいながら、車で30分の距離にいながら、盆も正月も無視して、嫁の実家の帯広ばかりに行っていたお前が……金の匂いを嗅ぎつけた途端に現れて長男の権利だと?」
正雄の声が震えていました。それは怒りであり、悲しみでした。
「お前は、同じ札幌にいても、一度も私に顔を見せなかった。私にとっては、同じ空気を吸っていながら、お前は遠い異国にいる赤の他人と同じだった。同じ札幌にいながらほとんど顔を出すことがなかった長男など、我が家の真の家族ではない。私の財産は、私の命を救ってくれた美咲のものだ。お前たちに渡す金は、1円もない。今すぐ、この家から出て行きなさい!」
父親の圧倒的な気迫と、完璧に法的に守られた「公正証書遺言」の存在を知り、大輔夫婦はそれ以上、何も言えなくなりました。二人は美咲を睨みつけ、捨て台詞を吐きながら、逃げるように実家を立ち去っていきました。
その後、大輔夫婦が実家に現れることは二度とありませんでした。 美咲は、父が遺言書で自分のこれまでの犠牲と努力を100%認めてくれていたこと、そして悪質な兄夫婦から自分を命がけで守ってくれたことに、涙が止まりませんでした。
「お父さん、ありがとう……」
「美咲、苦労をかけたな。これからは、お前の人生を歩むんだよ」
窓の外には、豊平川の向こうに広がる、澄み切った札幌の青空が見えていました。 もし、あの時、親友の行政書士鈴木の勧めで「公正証書遺言」を作っていなければ、父が亡くなった後、美咲は兄夫婦からの執拗な攻撃を受け、住む家も、介護の見返りもすべて奪われていたかもしれません。遺言書は、単なるおカネの行き先を決める紙ではなく、「大切な家族を、理不尽な争いから守るための最強の盾」だったのです。
※ 本記事の物語は、遺言書作成の重要性をご理解いただくためのフィクションです。登場する人物や家族構成、エピソードなどはすべて架空のものであり、実在の特定の人物やご相談事例とは一切関係ありません。ただし、このような相続・介護を巡るご家族間のトラブルや公正証書遺言の有効性は、実務において非常に多く見られるケースをベースにしております。
遺言書の種類 なぜ「公正証書遺言」がお勧めなのか
物語はいかがだったでしょうか。これは決してフィクションの中だけの極端な話ではありません。比較的世の中でよくおきている事例です。
ここで、遺言書について少し専門的な解説を付け加えさせていただきます。 一般的に利用される遺言書には、大きく分けて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」の2種類があります。
本人が本文をすべて手書きし、日付、氏名を記入して捺印するものです。
※ 財産目録についてはパソコン作成も可能です。
・ メリット: 費用がかからず、誰にも知られずにいつでも書くことができます。
・ デメリット: 形式に不備があると無効になるリスクが高く、紛失や破棄、改ざんの恐れがあります。また、今回の物語の大輔夫婦のように、後から「無理やり書かされたのではないか(無効の主張)」「認知症で判断能力がなかったのではないか」と言われて揉める原因になりやすいのが最大の欠点です。
遺言者が公証役場に出向き、2人以上の証人の立ち会いのもと、公証人が遺言者の真意を聴き取って作成する遺言書です。原本は公証役場に厳重に保管されます。
当事務所が「公正証書遺言」を強くお勧めする理由は、以下の3点にあります。
① 形式不備による無効のリスクがゼロ
法律の専門家である公証人が作成するため、法律的な不備で遺言が無効になることは絶対にありません。
② 「無理やり書かされた」という反論を封じ込める
作成時には、公証人が遺言者本人の意識や認知能力を確認します。また、利害関係のない「証人2人」が立ち会うため、後から親族が「騙されて書いた」「ボケていた」と主張してひっくり返すことが極めて困難になります。今回の物語の正雄さんのように、毅然と突っぱねることができる強力な証拠能力を持ちます。
③ 紛失・隠匿・改ざんの心配がない
原本が公証役場に保管されるため、仮に手元の控えを紛失したり、悪意のある親族に見つかって破棄されたりする心配がありません。
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遺言書に関するQ&A
最後に、遺言書に関してよくいただく代表的な質問にお答えします。
札幌での遺言書作成は、当事務所にお任せください
今回の物語の美咲さんのように、一生懸命に誰かを支えた人が、後から理不尽な思いをするような世の中であってはならないと、私は強く思っています。 遺言書は、亡くなった後のためのものではありません。今を生きる大切な家族が、これからも仲良く、安心して暮らしていくための「最後のラブレター」であり、「お守り」なのです。
「うちの家族の場合はどうなるだろう?」「何から手を付ければいいか分からない」という札幌および近郊の皆様、ぜひ一度、当事務所へお気軽にご相談ください。あなたの家族の絆を守るために、親身になってサポートさせていただきます。
■ 札幌での相続・遺言のご相談なら
札幌市東区の「つしま行政書士事務所」では、実家の相続手続きや、遺言書の作成に関するご相談を承っております。 40年間の企業法務・契約業務の経験とFPの視点を活かし、ご家族の想いを形にするサポートをいたします。初回相談は無料ですので、一人で悩まずに、まずはお気軽にご連絡ください。
【お問い合わせ先】 つしま行政書士事務所
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